なぞのラーメン屋


日本海側に面したさびれた町の商店街で、どこにでもあるようなラーメン屋をほそぼそと営むこのおやじが、王サンだ。
彼は自分では味にこだわる頑固おやじの本格ラーメン屋だと思っているが、その味はいたって普通である。
この店にはじめて入った人は、
「いやしぇー!」
という王サンの発する奇声に、びっくりさせられる。
王サン的には、いらっしゃい!をべらんめえ調でいっているつもりなのだが、町の人たちはなんとなく、王サンが中国から来た人だから日本語がカタコトなのだろう、と思っている。
だが王サンは、日本人だ。
町の人たちは気にしていないから気がつかないが、王サンは生まれたときからこの町にいて、戸籍上も日本人なのである。
彼の子供時代の同級生たちは、もちろん王サンがむかしからこの町にいたことを知っているが、なんとなく王サンは、自分たちの記憶の直前に中国から来たのだろう、と思い込んでいる。
王サンは、ラーメンの味にこだわりをもっている。
いまは亡き父が中国から持ち帰ってきたこの味を守り抜く、と固く心に誓っているのだ。
王サンは、なんとなく父の日本語がカタコトだったことから、自分の父は中国から来た人なのだろう、と思っているが、それはまちがいである。
王サンの父もまた、べらんめえ調の日本人だったのだ。
ラーメンの味も、ラーメン好きだった王サンの父が日本人に教わり、若い頃屋台を引きながら修行を積んだものにすぎない。

「王サンの父の若い頃の修行時代」



*すべてフィクションです。